金田一耕助の事件簿052
こんな名作を絶版のままにしておくとは
「貸しボート十三号」（横溝正史）
（「貸しボート十三号」）角川文庫
白昼の隅田川に浮かぶ
一艘の貸しボートには、
血まみれの男女の
凄惨な死体が横たわっていた。
不思議なことに二つの死骸は、
どちらも首が途中まで
切断されかかった状態だった。
なぜ犯人は
切断作業を中止したのか？
金田一耕助は…。
横溝正史の中篇の中では
人気の高い作品の一つです。
それは他の横溝作品には見られない
特徴がいくつかあるからであり、
それが本作品の
味わいどころともなっているのです。
一見、若い男性と年増の女性が
情事の果てに殺害されたような、
ごくありふれた
殺人事件に見えるのですが、
実は作者･横溝正史によって
二重三重に
仕掛けが施されているのです。
【事件簿File-052｢貸しボート十三号｣】
〔事件発生〕
昭和32年(東京)
〔依頼人〕
※依頼人なし(警察への捜査協力)
〔捜査関係者〕
平出警部補…築地署捜査主任。
根本刑事･北川刑事…築地署刑事。
吉沢医師…検死を担当した警察医。
等々力警部…警視庁警部。
新井刑事…警視庁刑事。
〔事件関係者〕
大木藤子
…ボートの中で殺害されていた被害者。
40歳。人妻。
駿河譲治
…ボートの中で殺害されていた被害者。
X大学生、ボート部所属。秀才。
大木健造
…被害者･藤子の夫。役所職員。
事件の夜のアリバイを語らない。
大木ひとみ
…建造の娘。
駿河譲治が家庭教師をしていた。
佐藤ふみ
…建造の情婦。
神門貫太郎
…神門産業の総帥。
金田一のパトロンの一人。
金田一に絶対的信頼を置く。
神門加寿子
…貫太郎の妻。
川崎重人
…神門貫太郎の実弟。神門産業専務。
川崎美枝子
…重人の妻。
川崎美穂子
…重人の娘。貫太郎の姪。
被害者･駿河の婚約者。
X大ボート部員の憧れの存在。
松本茂…ボート部キャプテン。
鈴木太一…ボート部マネジャー。
八木信作
…ボート部員。駿河の親友。
矢沢文雄
…元ボート部員。駿河の親友。
美穂子に思いを寄せる。
片山達吉･児玉潤･青木俊六･古川稔
…ボート部部員。
上島亮博士
…X大学教授。ボート部部長。
八波治郎…ボート部監督。
岩下トミ…ボート部の寮の寮母。
勝子…トミの姪。
高木一雄…八木信作の義兄。
関口五郎…貸しボート屋店員。
本作品の味わいどころ①
中途半端な切断死体の謎
作品の中で金田一耕助も認めるとおり、
首なし死体や生首だけが
発見される事件はいくつもあります。
しかし、首の切断を途中で止めて
放置した事件はこれが最初で
最後でしょう(確認していませんが)。
金田一も
「これで見ると、いっそ、すっかり
首を斬りはなされた死体のほうが、
見ていてまだしも
安定感がありますね。あっはっは」と
あきれながら笑うくらいです。
当然、そこには
｢止めざるを得ない事情｣があり、
それを解明するのが
今回の事件の重要な鍵となるのです。
本作品の味わいどころ②
たくさんの｢怪しくない人間｣の登場
横溝作品の多くは、
登場人物のどれもこれもがみな
怪しげな雰囲気を湛えて
描かれています。
しかも意図的に
名前を与えられる登場人物を多くし、
真犯人を絞らせない工夫が
凝らされているのです。
本作品も中篇の割には
登場人物が多いのですが、
他の作品とは異なり、
｢怪しくない人間｣ばかりが
登場します。
唯一怪しいのが大木健造なのですが、
彼が妻の不倫を知って
二人を殺害したなどという
単純な事件でないことは
読む以前に明白です。
本作品の味わいどころ③
陰惨な事件に似つかわしくない
爽やかな幕切れ
作品冒頭で、
いやというほど事件の凄惨さを
描出しているのですが、
終末は打って変わって
感動的な幕切れです。
それは登場人物たちが
｢怪しくない｣だけでなく
心根の優しい人間、
そして誠実な人間ばかりだからです。
だからこそ、本来単純だった事件が、
複雑化してしまったのです。
特に親類一同関係者一同が集まって
謎解きを行った後、
最後の晩餐に移る情景は、
他に例を見ないものでしょう。
ぜひ読んで味わってください、と
いいたいところですが、
本作品は現在の新角川文庫版には
まだ収録されておらず、
2000年に出版された
角川ホラー文庫｢トランプ台上の首｣に
収録されたもののこちらも絶版。
電子書籍で読むか、
中古をあたるしかない状態です。
こんな名作を
絶版のままにしておくとは！
一日も早く杉本一文装幀画で
復刊することを望みます。
（2021.2.25）
〔追記〕
横溝正史没後40年＆
生誕120年記念として見事
復刊されました。
アイキャッチ画像を復刊版と
差し替えました。
下は昭和の表紙です。
杉本一文氏の表紙画は
旧版の方の採用となっています。
ただし、これも
今回印刷された分が売り切れれば
再び絶版となるのでしょう。
未読の方は早めに購入しておいた方が
いいでしょう。
（2022.2.27）
〔追記〕
こちらもご覧下さい。
ぜひチャンネル登録をお願いいたします！
（2023.7.18）
〔本書収録作品〕
〔本作品の原型作品〕
【関連記事:金田一耕助の事件簿】
【今日のさらにお薦め3作品】
【こんな本はいかがですか】
